イタリア車のミニカーについて(後編)
前編はこちらです
オンボロ・スーパーカーとの愉快な生活
スーパーカーといえば、私自身かつてイタリアン・スーパーカーを所有していたことがあります。
と書くと聞こえは良いのですが、実際に所有していたのは、1987年式のマセラティ・ビトゥルボ ES。しかもこのクルマは、なんと30万円で購入したもの。
外装はボンネットの塗装面が熱で焼けてマット仕上げになっていたり、妖艶な内装もところどころが破けてスポンジが見えているような状態でした。もちろん、30万円で買ったマセラティなんて、無事で済むはずはありません。
購入直後にミッションO/Hが必要になったことから始まり、オーバーヒートから電気系のトラブルまで、大小さまざまなトラブルに見舞われました。極めつけはタービンブローで、パーツ代だけで60万円と言われました。
しかし、ミニカーに大金をつぎ込んでいた私はその金額を支払うことができず、やむなくエンジンからターボチャージャーを取り外す延命策を選択。その後数年間にわたりトラブルフリーで乗り続けることができました。最終的にはエンジン本体が壊れて廃車となりましたが、あえて激安車に乗り、普通ではありえない体験を楽しむという意味では最高の一台でした。
そんな思い出を鮮明に思い出させてくれるのが、マセラティ・ビトゥルボのミニカー。ビトゥルボが現役だった当時はレプリカーズ社製の高価なレジン完成品ミニカーしかなく、欲しくても買えない状況が続きました。近年になり、シュコー、イクソ、ミニチャンプスなどが相次いで製品化するようになったことで、ようやく良質なミニカーが手頃な価格で手に入るようになったのです。
写真は、当時マセラティのインポーターだったガレーヂ伊太利屋が作成したマセラティ・ビトゥルボの日本版カタログ。当時はインポーターが独自の日本版カタログを作成する場合が多くありましたが、ガレーヂ伊太利屋のカタログはセンスが良く、独自の美意識が感じられる内容でした。
手前は、ビトゥルボ世代のハイパフォーマンスモデルを製品化した1/43ミニカー。左はイタリアのミニカー付き雑誌として発売されたGrani & Partners製のマセラティ・カリフで、右がマセラティ純正アイテムのLeo製マセラティ・シャマルです。
スーパーカーにはフルディテールミニカーが似合う
スーパーカーの定義は、数あるスポーツカーのなかでも、動力性能やメカニズム、デザインなどにおいて、当時の最高峰といえる突出した特徴を持っていること。
そのためミニカーメーカーも、当時最高の技術を用いてスーパーカーを製品化することがあります。ミニカーメーカーの威信をかけて開発されたフルディテール製品は、どれも非常に見応えがあり、時代を超えた魅力があります。
ドイツのヘルパ社は、1990年に[HIGH TECH]というフルディテールモデルを登場させます。
このシリーズでは、エンジンフードを開閉式として、エンジンルームを再現。例えばメルセデス・ベンツ SLでは、エンジンルームの再現に加えて、ハードトップの着脱、ロールバーの展開/格納も再現していました。
もともと同社の1/87ミニカーは緻密なつくりで定評がありましたが、[HIGH TECH]シリーズは名実ともに1/87ミニカーの最高峰に位置するものでした。
1/87スケールのフェラーリ F40は、わずか5cmほどの大きさながら、前後カウルの開閉を実現。
リアカウルの内側には細いステーが格納され、開いたまま固定できるつくりになっていました。
[High Tech]シリーズの専用什器には、1/87 フェラーリ 348tbのパーツ構成がディスプレイされていました。これを見ると、ダイキャスト製のパーツが使われていることが分かります。
こちらはヘルパ社製[HIGH TECH COLLECTION 1:43]のFerrari Testarossa Cabrio。前に紹介した『アウトラン』仕様のフェラーリ・テスタロッサ・スパイダーです。1/43スケールではディテールの再現をさらに追求。前後フードと左右ドアの開閉を実現していました。1/43スケールでドアなどを開閉させると、ボディと開閉部分のすき間が大きくなり、見栄えが悪くなるのが普通です。
しかし、ヘルパ社はボディを樹脂製をすることでこの問題を解決。フードとドアの厚みを極限まで薄くすることで、ボディのチリが完璧に合った状態で開閉アクションを実現したのです。この技術は1990年代当時としては驚異的で、発売から30年近く経った現在もこのチリのレベルを超える製品は登場していません。まさにエポックメイキングな製品といえるでしょう。
プラモデルメーカーのフジミ模型は、1991年に1/43スケールの完成品モデルとしてランボルギーニ・ディアブロを発売。ヘルパと同様に、樹脂製ボディを採用することで、前後フードと左右ドアの開閉を実現しています。ランボルギーニならではのシザードアの開閉を実現しながら、ボディのチリを合わせた技術力には大いに驚かされたものです。
しかし、これらのフルディテール製品は長続きしませんでした。その理由は樹脂製ボディ。開閉部分のチリ合わせを突き詰めたため、開閉時に塗装が剥離しないよう、ボディカラーは成型色そのままの無塗装とされていました。しかし、ミニカーとしての美しさでは、塗装を施したダイキャスト製ミニカーには太刀打ちできず、ヘルパも1/43ミニカーについてはダイキャストに移行していきました。
フジミ模型の場合は、ディアブロのイエローの成型色がチープな印象を与えてしまい、質感の面で不利に働いてしまったのです。しかもこのミニカーには「チビマル」というブランド名が付けられていて、ハイディテールの製品内容とは似つかないチグハグ感を与えていました。いわば時代の徒花に終わったミニカーですが、プラスチックならではのシャープな造形は特筆すべきもので、ダイキャスト製ミニカーにはない個性を備えています。
フェラーリのミニカーは、一時アメリカのマテル社が製造および販売権に対する独占的な権利を所有していて、ほとんどのメーカーはフェラーリのミニカーを販売することができなくなりました。しかし、京商はマテルからサブライセンスを受ける形でフェラーリのミニカーをリリースすることに成功。
2000年代に高品質なミニカーを矢継ぎ早に発売しました。その代表格がフェラーリ F40です。1/12と1/18、1/43スケール製品は、いずれもダイキャスト製ボディを備え、開閉箇所も豊富でした。
なかでも1/43製品は、リアルなボディの表現はそのままに、前後カウルを開閉可能として内部も忠実に再現。先のヘルパ製品に比べるとボディのチリでは劣る反面、美しい塗装による高品質な仕上がりは圧倒的で、1/43ミニカーの決定版と呼べる内容でした。
現在、ダイキャストミニカーでフルディテールにもっとも力を入れているメーカーがオートアートです。昔から1/18スケールを中心に、細部まで入念に作り込んだ製品を送り出しています。近年はプロポーション重視のレジン製ミニカーが増えてきましたが、オートアートは今も変わらずに精密なミニカーをつくり続けています。
定番の1/18スケールに加え、1/43スケールでもドアと前後フードを開閉可能とし、フード内の各部を造り込んだ「シグネチャーシリーズ」も展開。スケールの限界を超えた再現度を実現しています。
写真は、開閉箇所の多さと細部の作り込みが特徴的な、オートアート製1/18 ランチア デルタ S4 1986 #5 (ラリー・アルゼンチン優勝 / ビアシオン)。世界屈指のハイディテールミニカーのため、定価は3万円代半ばという高価なアイテムです。
昔からコンパクトなサイズの中に緻密なメカニズムを組み込むのは、日本のお家芸といえます。トミーテック製の「トミカリミテッドヴィンテージ NEO」は、トミカが誕生した1970年以降の名車を緻密な設計で製品化している人気シリーズ。
なかでもシリーズ初のフェラーリとして製品化されたフェラーリ F40は、1/64スケールでありながら前後カウルの開閉を実現。内部もしっかり造り込まれています。美しい塗装が施されたダイキャストボディの質感は高く、スタイリングの再現度は数ある同車のミニカーのなかでもトップレベル。まさに日本が世界に誇るミニカーといえる存在です。
このようにイタリア車のミニカーは、昔からエクストリームな製品が数多くつくられてきました。
持てる技術のすべてを投入したつくられたという意味では、歴代のスーパーカーもハイディテールミニカーも同じ。入魂の一作には、時代を超えて人々を惹きつける魅力があるのです。
北沢 剛司